これまでの経緯(あらすじ)

在りし日の母の写真です

令和3年2月17日、永眠・・・


母が入院されてからの克明な状況をレポート


①母は家に帰りたい一心で県立総合HPで必死にリハビリをしていました

それはもう、サポートの方と壁に手をつきながら少しでも元に戻るために必死でした!

そうやって1/19の転院までにはほぼ自立できる状態になっていました

私共家族としては母本人が”家に帰りたい!”という思いに沿ってあげたい、そのためにリハビリ病院として転院を決断しました

費用見積もりも私共としては決して安いモノではなく、かなりの覚悟を持って決断しました

その状態で1/19に担当医からの以下の発言に対して皆さんはどう思われますか?

”お母さんはもう元の生活はできない!”


②1/28の担当医からの以下の発言についてどう思われますか?

”あれだな、県立ではもうできる事がなくなったから、こっちに回したんだな”


③1/19には一人でトイレに行ける状態であったのに、1/28にはぐったりしてまともに話す事もできなくなっていたこの変化について皆さんはどう思いますか?

※詳細については”白萩病院からの回答”と”家族の見解”をご参照ください


④もし1/28に妹が迎えに行っていなければどうなっていたのであろう?

皆さんはどのように思いますか?


⑤母が白萩病院へ入院していた時、他の患者さんに対しての扱いについての目撃状況を1/29に証言しています。この証言について、皆さんはどう思いますか?


⑥2/8の県総の脳外科の先生から脳梗塞の原因”おそらく脱水症状を起こした事により血がドロドロになり・・・”についての説明を受けました

皆さまはどのように感じますか?

様々なご意見をお待ちしております


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